【賃金・残業代・退職金】【判例・裁判例】求人票記載の賃金見込み額の意味と賃金額の確定
Xらは、Y社の新入社員募集に応じ、その採用試験に合格(採用内定)し、翌年4月に入社しました。
しかし、Y社が求人時に提示した求人票に記載していた賃金の基本給見込額(学歴別の初任給)と入社時にXらに現実に支給された額との間には、5,000円前後の開きがありました。
そのため、XらがY社に対し、賃金の不足額の支払いを求める裁判を起こしたところ、会社の求人票に記載してある初任給見込額が、採用内定者に対し右額の賃金支給を保障したものと認められるかが問題になりました。
これについて、裁判所は、以下のとおり判断しました。
本件求人票に記載された基本給額は「見込額」であり、文言上も、また次に判示するところからみても、最低額の支給を保障したわけではなく、将来入社時までに確定されることが予定された目標としての額であると解すべきであるから、Xらの主張は理由がない。すなわち、新規学卒者の求人、採用が入社(入職)の数か月も前からいち早く行われ、また例年4月ころには賃金改訂が一斉に行われるわが国の労働事情のもとでは、求人票に入社時の賃金を確定的なものとして記載することを要求するのは無理が多く、かえって実情に即しないものがあると考えられ、労働行政上の取扱いも、右のような記載を要求していないことが認められる。更に、求人は労働契約申込みの誘引であり、求人票はそのための文書であるから、労働法上の規制はあっても、本来そのまま最終の契約条項になることを予定するものでない。本件においても、以上のような背景から、見込額としての賃金が、不統一の様式、内容で記載されたものといえる。そうすると、本件採用内定時に賃金額が求人票記載のとおり当然確定したと解することはできないといわざるをえない。
求人票記載の見込額の趣旨が前記のようなものだとすれば、その確定額は求人者が入職時までに決定、提示しうることになるが、新規学卒者が少くとも求人票記載の賃金見込額の支給が受けられるものと信じて求人に応募することはいうまでもなく、賃金以外に自己の適性や求人者の将来性なども志望の動機であるにせよ、賃金は最も重大な労働条件であり、求人者から低額の確定額を提示されても、新入社員としてはこれを受け入れざるをえないのであるから、求人者はみだりに求人票記載の見込額を著しく下回る額で賃金を確定すべきでないことは、信義則からみて明らかであるといわなければならない。けだし、そう解しなければ、いわゆる先決優先主義を採用している大学等に籍を置く求職者はもちろんのこと、一般に求職者は、求人者の求人募集のかけ引き行為によりいわれなく賃金につき期待を裏切られ、今更他への就職の機会も奪われ、労働基準法による即時解除権は、名ばかりの権利となって、求職者の実質的保護に役立たないからである。しかし、さればといって、確定額が見込額を下廻ったからといって、直ちに信義則違反を理由に見込額による基本給の確定という効果をもたらすものでないことも、当然である。
本件につきこれをみると、求人票記載の見込額及び入社時の確定額が被控訴人によって決定された経過は、それぞれ前記認定のとおりであつて、その当時の特殊事情、すなわちいわゆる石油シヨックによる経済上の変動が被控訴人の業績にどのように影響するかの予測、また現実にどう影響したかの現状分析に基づく判断から決定されたものであると認められ、右判断に明白な誤りがあったとか、誇大賃金表示によるかけ引きないし増利のための賃金圧迫を企図したなど社会的非難に値する事実は、本件全証拠によっても認めることはできないのであり、更に内定者に一応事態の説明をして注意を促していること、確定額は、見込額より3,000円ないし6,000円程度下廻って少差とはいえないにせよ、前年度の初任基本給よりはいずれも7,000円程度上廻っていることを考え合わせると、Y社からXらに提示され、双方署名押印して作成された労働契約書によって確定した基本給額が、労働契約に影響を及ぼすほど信義則に反するものとは認めることができない。
(東京高等裁判所昭和58年12月19日判決)
賃金・残業代・退職金の問題に関して、求人票記載の賃金見込み額の意味と賃金額の確定についての東京高等裁判所の裁判例を紹介させていただきました。
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